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1、古くから西日本と交流 “酒田よいとこアネマの夜這い ひとのかか衆も通てくる(最上川船唄)” “おばこ心持ア 池の端の蓮の葉の溜り水 少し触るると ころころ転げて そま落ちる(山形おばこ) 山形県の民謡は東北には珍しく色模様が濃い。 これはけっして山形の人が色好みなのではなく、古くから西日本との交通がひらけ、物資や県外の商人の往来がさかんで、他の地方との接触が多かったからである。 この接触を担当し、山形の印象を深めた功労者は、じつは庄内美人、古くは羽前美人といわれた女性たちであった。 色白の、ぼってり型で、方言の中に京都弁が混り、心やさしく動作もおだやかだから、男の心をとらえずにはおかなかったのだろう。 庄内地方では、いまでも他県から赴任してきたサラリーマンの70%が現地結婚をするという。 県内ては5万人以上も女のほうが多いし、過疎化も進行中てあるから、山形県の女性は現在も県のための功労者だということがてきる。 山形美人の発生は、奈良時代、最上川浴岸に国家的開墾事業が進められ、武装農民が近畿地方がらどんどん送り込まれたのが原因である。 はじめは酒田の北の出羽柵が中心だったが、のち県全体に広がり、『万棄集』にすら最上川を上下する稲舟の歌がはいっている。 やがて武装農民の家族が呼ばれて、近畿地方の基準型日本人の子孫がここに流入するようになったのである。 「佐籐、斎藤、犬のくそ」といわれるほど藤のつく苗字が多いのも、籐原氏との関係によるものてあり、山形弁も秋田弁と同様、千年前の標準語の生き残りである。 こうして豊かな米産地に定着した人々はほとんど大きな移動もなく、士地に順応して今日に至っている。 最上川ば新庄盆地、村山盆地、米沢盆地の水を集めて庄内平野を流れ、酒田で日本海に注ぐ。 酒田にやってきた畿内の人々は、この反対のコースをとって県内に広がっていったのである。 最上川浴岸の紅花が北回り廻船によって酒田から京都に送られ、京紅の原料になったことも、都の文化がこの地域に流入する一つの要素になった。 酒井領の庄内、上杉領の山形、米沢など藩ごとに地域性は少しずつ違っている。 庄内は社交的だが米沢、山形の山間部は内向性が強い。 庄内の文化が高いのは、姫路酒井の親戚てある酒井藩がたえず中央に目を向けたからである。 米沢藩は上杉鷹山を連れてきたり、藩校興譲館を開いて教育をさかんにしたが、藩の気風全体を変えるには至らなかった。 また庄内米が大阪に運ばれることから、最上郡に多くの大阪商人が駐在して中央文化を紹介したことも忘れてはならない。したがって酒田を中心にして畿内型が広がり、山のほうには北関東型が多い。 2、銀行家・軍人を多く輩出 山形県の人は温順て社交的といわれる。 一面きわめて理知的て、悪くいえば計算高い。 この性格は上杉藩の教育につながるものがありそうである。 吉良上野助の事件以来、藩政が経済的危機にさらされたのをなんとか建て直そうと考えたのが、興譲館教育の基本てあった。 儒教的な質素倹約を旨とし、孔子・孟子の古代清神にかえって秩序を維持し、自己抑制をきびしくして礼儀を正しくし、階級身分制を守って精神的な支えつくろうとした。 つまり道徳が中心で、経済政策として倹約を命じたわけてはなかったのだが、この教育の中から明治以後に多くの銀行家があらわれたことは興味深い。 米沢、山形地方の人は維新にたち遅れたために、経済界に進出したくても資本の蓄積がなく、やむを得ず大資本に雇われて銀行員になり、その地位を着々と高めていった結果てあろう。 江戸時代から藩校が多く、教育水準が高かったのは、地方的な劣等感と隔難性をはね返すための努力のあらわれということがてきる。 また、東北共通の執念深さや正直さは、多くの軍人を生んだ。 恩義に対してよく報いる気持ちは、西南の役で戦死した鶴岡藩の人々の行動によくあらわれている。 維新のおりに西郷との契約て戦端を開かなかった恩義に報いるために、十年後に西郷軍に加わって死を選んだのである。 こんな珍しい事件は前後に例がないが、これも県民性の一面だろう。 山形県民には東北地方の特徴である暗さがやや少ない。 忍耐強く、規則正しいことが最大の特色だが、それに随伴して強気や勝気があらわれる。 上代以来、上方に顔を向けて商業を行ない、文化を取り入れて生活を高めてきたので、いまでも商取引に長じた社交的な人が多い。 しかし、まれにてんかん質の人がいて、自己顕示に成功したり、ひたむきに一つのことを成しとげる場合も小なくない。 無着成恭のように劣等感の裏返しとして誇大妄想的な自信を抱く人も出るが、これには近代性がなく非常に独断的てあると思われる。 歌人としての斎藤茂吉は、明暗両面においてこの県の性格を代表しているということができる。 彼の若き日の歌は、自閉的でセンチメンタルで、まぎれもなく山形県人の歌てあるという印象をうける。 池田成彬、字佐美洵らの財界人、大川周明、石原莞爾、小磯国昭、山下源太郎らの軍関係者、写真家の土門拳、横綱柏戸などの性格には、山形県の地域性がさまざまな影を投げかけているように思れれる。 |